生成AIが問題なのではなく、 「評価とは何か」を誰も言語化できていない構造が問題

第1章:なぜ人は「AIのせい」にしたがるのか

技術は、常に分かりやすい犯人になる。
生成AIも例外ではない。

本来議論されるべきなのは、
「どのような基準で評価しているのか」という評価軸の不在である。
しかし、この話題は語りにくい。

その結果、
「差別化できない」
「みんな同じになる」
という言葉だけが先行し、思考が止まる。

実際には、
生成AIが選考にどのような影響を及ぼすかを考えないまま、
そのまま提出しているケースが大半である。

人は本質的に楽をする生き物だ。
生成AIで作った文章を、
あえて時間をかけて書き直す人は多くない。

ここに、問題の核心がある。

それにもかかわらず、
結果が出なかったときには
「生成AIのせいだ」と語られる。

選択したのは本人であるという事実は、
ほとんど議論されないまま、
本質とは異なる場所で議論が展開されている。


第2章:評価しているつもりで、実は何も見ていない

採用側は、文章そのものを評価しているわけではない。
見ているのは、文章に残された「判断の痕跡」である。

しかし、その判断基準は共有されていない。

本来であれば、
読み手が内容を確認し、
フィードバックを返す仕組みがあれば、
このようなズレは生まれにくい。

ただし現実には、
採用担当者のもとには
一日に数百、場合によっては数千の職務経歴書が届く。

1枚1枚を丁寧に読むことは、
構造的に不可能である。

限られた時間の中で見られるのは、
論理の一貫性や、
「どのような判断をした人間か」という情報だけだ。

だが、その見方は
担当者個人の経験に依存しており、
明確な基準は存在しない。

その結果、
ある人は通り、
別の人は落ちる。

多くの人にとって、
書類選考は限りなく運に近いものになっている。


第3章:「正しさ」が評価を壊す瞬間

論理的であること。
きれいであること。
抽象度が高いこと。

これらは一般的には重要だとされている。
しかし実際には、
評価そのものではなく、評価の代用品になっているにすぎない。

  • 「論理的に書け」
  • 「きれいにまとめろ」
  • 「抽象度を上げろ」

こうした指示はよく聞くが、
それだけで何を書けばよいかが分かる人は多くない。

結果として、
そこで思考が止まり、
無難で中身の見えない文章が量産される。


第4章:評価とは、再現性の仮説である

評価は、好き嫌いではない。
評価とは、その人を「使ってみる仮説」である。

だからこそ、判断プロセスが見えなければ、評価は成立しない。

ここで初めて、
「中身が見えない」と言われる理由が腑に落ちる。

職務経歴書で最も重要なのは、再現性を示すことである。

転職の文脈における再現性とは、以前の環境で出した成果を、次の環境でも再び出せると説明できることだ。

多くの職務経歴書には、「何をやったか」「どれだけ売ったか」は書かれている。

しかしそれだけでは、

  • 環境が良かっただけなのか、
  • 運が良かっただけなのかは分からない。

だからこそ、

  • どのような条件だったのか
  • 何が問題だったのか
  • 何を考え、どのように工夫したのか
  • その結果、何が起きたのか

を記載する必要がある。


第5章:この構造は、採用だけの話ではない

この構造は、採用に限らない。

  • 事業計画
  • 提案書
  • 社内評価
  • コンサルティング資料

いずれにおいても、再現性が示されなければ、判断はできない。

評価とは常に、「この人(この案)を使ったら、
同じことが起きるか」という問いだからである。